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mike19145, Author at 東京まで1000K東京まで1000K

ビーチ美化発案2020

”ビーチ美化発案2020”は 2020年に東京で開催されるオリンピックに先立って拡大するビーチのごみ問題の深刻さについて人々に呼びかけ、ビーチを美化して行くためのプロジェクトです。何百人もの観光客がオリンピックに訪れた際に、ゴミであふれたビーチを見ることとなるか、それとも本来の美しく雄大な日本を目にすることができるのか。“ビーチ美化発案2020”では3つの項目に焦点を置き進めて行きます。 最初の発案事項は不法投棄についてのとりくみです。日本は最先端のリサイクルテクノロジーの開発に力を入れているのにもかかわらず、たくさんの不法投棄が耐えません。車の投棄など、観光客の訪れないような静かなビーチにたくさんのゴミが捨てられている状況です。この問題の一番重要なことは不法投棄に対して多くの人々が無関心であるということ。それを変えて行く必要があります。まず地域グループに声をかけ、少しでも多くの人々に問題を認識してもらい、お互いに学んでいかなければなりません。こうした不法投棄の目立つ場所をきれいにしていき、観光客などが訪れる、人々の利用の多い場所の清掃まで幅広く見直して行く必要があります。 2つ目に地域の団体と協力し合って、”アダプト・ア・ビーチ”計画を広めていくことです。これは、いくつかの小さな清掃グループ作ってそれぞれが責任を持って管理し、ビーチのゴミ問題への対処法を考えていくものです。これらの小さな地域グループはビーチの里親となり、ビーチを”受け入れ管理する”のです。地方自治団体などと協力し合いながら、こまめに清掃活動を実施し、ゴミの蓄積を減らしきれいなビーチを保つのです。 最後の案は、びーちにあるゴミの製造者/工場に焦点をあてます。これは、”ゆりかごからゆりかごへ”というもので、製品を生み出した者がその製品のいのち(行方)に最後まで責任をもち、その製品がちゃんと処理されるような取り組みを促していくものです。多くの製造会社などは彼らが作り出した製品を一度消費者が購入したら、その管理責任はすべて消費者にあると考えます。しかしライフ・リサイクルはそうではないと考えます。消費者同様にその製品を生み出した製造元にも責任があり、その製品がちゃんと処理され、また新しい資源となるまで責任をもって何らかの対処をする必要があると考えます。多くの製造会社の協力があれば、より充実したビーチクリーンがでじゅ、きれいな海岸を取り戻すことができるでしょう。 ライフ・リサイクルはこれらの項目を目標にかかげ、ビーチを愛する気持ちを大切に、日本の海岸のゴミ問題に取り組んで行きます。また、ライフ・リサイクルは地元の地域グループや地方自治団体などと提携し、深刻化するゴミの問題を解決していくため努力していきたいと考えています。

カヤック遠征日記 28日目

 十分な睡眠はとったけど、タイドラインから数メートルのところでは荒れた波が地面に打ち付けていて、僕は土砂降りの雨の音で目が覚めた。その上、時々吹 く強い突風に僕のテントが持ちこたえれるかちょっと不安になりなる。午前7時頃、この雨が落ち着くまであと数時間はテントにいることになりそうなので、僕 は冷たいテントの壁を避け、あぐらをかいて、読んでいたスティーブン・ニューマンの”Worldwalk”を読み始めた。

天気予報のとおり、昼ごろになると集中的に降っていた雨はだんだんと弱まり、やがて雨はやんだ。この雨のせいで料理をすることができず、濡れるのも嫌だっ たのでテントの中にいた僕はかなり空腹だった。しかたなくテントの中で料理をするしかないと思ったが火事になってしまったら・・と少し心配だったので、何 かこの薄いテントの生地を保護するものを探しに出た。数分歩いて2つの物を見つけた。両方とも丸い形なのだが、1つはプラスチック製でもう1つはメタル製 のものだ。その2つをうまく固定してその上にアウトドア用コンロを慎重に置き、昼ご飯のカレーライスを作った。

とてもお腹がいっぱいで、しかも少しお腹が痛くなった。きっとチョコレートを食べ過ぎたのが原因だろう。すると上を通る道路から車のホーンを鳴らす音が聞 こえる。誰かがジェスチャーしながら僕を呼んでいる。 Continue reading

カヤック遠征日記 27日目

今日はいつもより少し遅い時間に目が覚めた。時計をみると午前6時30分。8時前にはカヤックで出発できるように急いで荷物を整理した。ちょうど寝袋を 圧縮袋に押し込めているときにドアをノックする音が聞こえ、本橋さんがあたたかい笑顔であいさつにきてくれた。1時間ちょっと後にはカヤックいっぱいに荷 物をつめこみ、僕はドライスーツに袖をとおし出発の準備完了。カヤックを引きずりながら、初めてここにたどり着いた日に、本橋さんが迎えてくれた場所へと 歩いていく。その間、彼と過ごした短い時間を思い出しているとなんだか寂しい気持ちになってきた。もうビーチまであとほんの数メートル。僕はもう一度、本 橋さんたちと過ごした時間を思い返す。たとえ短い間でも、夕食をともにし、楽しく会話をする機会を持てたことは、本当にありがたく、この遠征でもらった大 切な贈り物だ。 青い空と青い海の美しい朝、僕の最初の一漕ぎが水の上に後を残す。数時間のうちに、僕は半島の端まで来ていた。志摩町布施田の入り口。その場所はとても小さく、曖昧な海峡は地元の人じゃない と位置情報を把握するのが難しいそうだ。地図を見てふつうなら目印になるような山や灯台がまったくない。海峡を漕ぎながら、慎重にコンパスを意識し、進 む。最初の何回かは正確に行くことができた。けれどだんだんと狭い方へと迷い込んで行き、海草類を栽培している場所を通る。小さな建物が水辺に建ってい る。海藻とブイが並ぶ緑のガーデンを通り過ぎて漕ぎ続けて行くと、海峡が3方向に分かれている。どの方向も似たような感じだ。目をこらして地図を見ながら 一生懸命場所を確認する、けれどはっきりいってどの方向が正しいのかさっぱり分からなかった。地図を見ながらじっくり考えた末、左の方へ行くことに決めた が、15分くらい漕いで行くと行き止まりになってしまった。そしてもう一度小さな海峡の入り口のところまで引き返さなければならなかった。今度は先ほどと は違うルートを行く。すると少し広い海峡へと出たが、また迷ってしまった。また向きを変え、いよいよ本格的に迷い込んでしまった。そこへ船がこちらの方へ やってくるのが見えた。僕は船の人にどうやってここから出ればよいか聞こうかと思ったが、日本語でどうやって聞けば良いのかを知らないということに気づ き、恥ずかしくなった。僕がしゃべれるとしたら、「ウミ ドコ?」くらいだ。けれど、以前に何度か漁師の人たちに話しかけてみたが、たいてい僕の片言の日本語は彼らに通じず、ただぽかんと見られるのがオチだっ た。僕はまた話しかけて恥をかくのはやめて、それよりも自力でナビゲーションの力をつけなければと思った。船の船長がこちらをじっと見ながら通り過ぎて行 く。船の姿が見えなくなると、僕はもう一度自分の居場所を把握するのにベストをつくした。自分の右側に漁場が見える。地図とにらめっこしながらやっと自分 の居場所が分かった。分かってくると、うれしくてわくわくしながら、目印となる灯台が見えるはずの方向へと漕いで行く。数分漕ぐと、白く高い灯台が現れて 来た。この細い航路の出口まで来たとき、そこからは広い海でまるっきり今までの様子とは違う光景を目の前にし圧倒されてしまった。今僕の目の前にあるのは たくさんの岩と打ち付ける大きな波。「うーん。。。これが冬の太平洋だ」僕は心の中でつぶやいた

カヤック遠征日記 26日目

辺りはまだ暗いけれど今日の僕はしっかり目を開け素早く起き、行動に移る。今日の旅に向けて体調もばっちりだ。辺りを見回して、自分がいる場所を改めて確認。ああ、そういえばここは本橋さんのカヤックベース。そして今日はカヤックはお休みの日だった。もう一度数分前まで堪能していた心地よい眠りに戻ろうとする。僕は横になり、目を閉じるが結局眠れないまま1時間くらいが過ぎる。もう一度時計をのぞきこむと、午前6時半。よし、今日1日のスタートだ。

鮮やかな花柄の小さなノートを開いて、昨日の夜に書いておいたTo do リストをチェックする。いくつかのアイテムに目を通す:バッテリーの確認、マップの印刷、食料補給、東京までかかる時間を計算。最後のは特に重要だ。なぜかというと、この旅の今の段階では予定していた日にカヤックで東京にたどり着くことは無理なので、別の計画を立てる必要がある。けれど実は、東京に行く方法いついては昨夜本橋さんとヒッチハイクについての話をし、計画がまとまっている。そのときの会話を思い返しながら、使い古した地図の裏に書いたメッセージの日本語の文字に目を通す。 Continue reading

カヤック遠征日記 25日目 −追加 −

 この日はもう一つ衝撃的なことがあった。本橋さんのカヤックベースで久々のシャワーを浴びていたときのこと。

 蛇口をひねると、あたたかいお湯が僕の足下からしみこみ、そのあたたかい感覚が全身に行き渡り、寒気がすーっと背筋からぬけていく。べたついた髪に指をとおす。シャンプーに手を伸ばしたとき、鏡に映った姿が目に入る。そしてもう一度見返す。僕が知らない男の顔。彼の顔はガサガサで、日に焼けて赤くなっていて、その荒れた肌の上に潮がたくさん残っている。 Continue reading

カヤック遠征日記 25日目

僕はあまり十分な睡眠をとれないまま目覚めた。天気を確認すると、5~7m/sの北西の向かい風が吹く中、本橋さんの住む、南伊勢町へ向かって漕いで行かなければならない。テントのジッパーを開け、昨夜気温が下がり、とても冷たくなったゴム長靴に足を入れる。僕はふらふらしながら、次のゴールへ向けて漕ぐため、暗くて寒い旅の朝へと繰り出す。

この辺りを漕いでいると、山の景色がずっと続き、特に大きく突き出した半島の鵜倉園地など、ナビゲーションのおもしろい訓練になった。お互い数キロメートルの距離にある3つの半島があるのが、地図上でははっきりと見えるのに、僕は実際の距離を地図上で換算するのが苦手で、なかなか見分けるのが難しく、自分が今どこの半島のあたりにいるのかがなかなか分からない。15分くらい地図を見ながら、実際の景色と地図上の景色を照らし合わせ、地図の上に指でジグザグを書きながら、この広大な景色の中にいるちっぽけな自分の場所までを地図でなぞっていく。ついに僕は自分が丸山の方へ向かっていることが分かった。

運がいいことに、僕はちょうど、とても大きな船が釣り人たちを送迎するところを見ることができた。釣をするのに、よくあるのはチャーターボートで小さな島や岩へ行く。時には、岸から数十メートルから1キロメートル離れた場所だったりする。この船の操縦はたいていとても高い技術を持った船長が行う。この船は岩にぶつかったときに衝撃をやわらげるため、船のへさきの部分のまわりにタイヤがつけられている。実際に船のへさきが岩へ突っ込む。たまに波が荒くなる中、漁師たちは荷物を降ろすのに行ったり来たり走っている。それで今…僕はこの岩だらけの場所でしかも波がうねる中、この送迎を見ている。とてもよく整備された白い船が2人の漁師を迎えに来た。僕は船が水平に岩に近づき、みごとに直角に曲がり、タイヤが少し、岩にドンとあたる。 Continue reading